親子自転車ツーリング 道北・オホーツク編 

                                                                                                     2000.8.6-12

    長男と2年連続で道北へ自転車ツーリング。お目当てはマラソン参加とリベンジの砂金掘り

 

 

 

 

 

 

マラソンで入賞  8月6日 士別→美深 53km

北海道では、本州と異なり、涼しい夏にマラソン大会が開かれることが多い。今回は旅行中にマラソン大会に参加しようと考えていた。ここ士別は実業団や大学の陸上部の夏合宿のメッカ。一流ランナーが士別ハーフマラソンに多数参加する。あのシドニーで金メダルの高橋尚子が小出監督と出会った場所でもある。

 この大会に出ようと旅の出発地点は、士別にした(ツーリングの途中では疲れが出ていい記録が望めないため)。私はハーフマラソンに、息子は小学生2kmの部に出場。息子は、ぎりぎり8位で何とか入賞。たくさん副賞をいただき、旅立ち前にバッグが重くなってしまった!嬉しいやら困ったやら。
 レースを終えてテントをたたみ、午後2時に出発。国道40号を北上する。今回は息子の自転車にもサイドバッグを左右につけた。さすがにレース後に重い自転車をこぐのは足にこたえる。美深までの50kmという距離を甘くみていた。
 明日は、いや明後日には筋肉痛でつらくなりそうだ。美深のキャンプ場は、オートキャンパー、ライダー、チャリダーとさまざまな旅行者がわんさか。今晩は温泉に入って、明日から長丁場に備えることに。

        マラソンを走り終えて   

 

 

 

アブとの戦い  8月7日 美深→浜頓別 86km

 
キャンプ場に隣接したチョウザメ水族館を見学し、再び北を目指す。路上には、車に衝突したいろいろな蝶が死んでいる。音威子府を過ぎると車もほとんど通らない。両側も森林地帯となり、熊が出てきてもおかしくない。念のため、鈴をハンドルにつけ、時折笛を吹いて、熊対策をとる。天北峠は今回の旅では唯一の峠。峠越えの辛さを少し味わい、2年前に家族全員で登った敏音知岳を正面に見ながら楽しい下り。浜頓別まで旧天北線の廃線跡に沿って進む。この夏はやけにアブが多い。休憩している時はもちろん、自転車に乗っていてもアブが寄ってくる。そういう時は時速25km以上にスピードアップ。するとアブも追いつくことができない。これを2人は「アブダッシュ」と名づけ、一日に何回も繰り返した。さながら自転車部の合宿のよう。
 昨年の夏に引き続いてのクッチャロ湖畔キャンプ場。テントからは、湖越しに沈んでいく夕陽が見える。人もそれほど多くなく、落ち着く場所だ。

 

 

 

                      天北峠からの下り。正面には敏音知岳

 

 

 

砂金採り三昧  8月8日 浜頓別→北見枝幸 46km


 昨年、息子が唇を怪我して不完全燃焼に終わった砂金採りに再挑戦する。砂金の採り方を指導しているおじさん?も我々を憶えていてくれた。自転車に乗ってくる親子などめったにいないのだろう。さっそく、大物をゲット。普通の砂金はは薄っぺらいが、ころころとした天然物がいきなりとれた。こんなことがあると、のめり込んでしまう。本格的に砂金を採る人はもっと上流に入るらしい。そういう人の気持ちがわかる気がする。
 結局、午後3時くらいまで砂金採掘公園で過ごし、今度はオホーツク海沿いに南下を始めた。走り出して早々に雨となった。北見神威岬の付け根には新しくトンネルが完成している。この鋸状にオホーツク海に突き出た岬を眺めずに通過するのはもったいなく、わざわざ旧道を走る(写真)。
 雨で体は冷え切り、ウスタイベのキャンプ場に着くと、すぐさまテントに潜り込んだ。ここは、千畳岩の上にある芝を一面に敷き詰めたサイト。波が打ち寄せては砕ける音を子守唄に就寝。

 

 

      

                北見神威岬の灯台下で           ウスタイベキャンプ場

 

満天の星空のもとで 8月9日 北見枝幸→紋別→日ノ出岬 68km
 
 
北見枝幸からサロマ湖までのオホーツク海沿いは、私にとっても未踏の地。どんな景色が見られるのか楽しみにしていた。北見枝幸のバイパスの上り坂で、定年退職して大阪から来たおっちゃんが「こんちはー、親子でいいねー」。今日の目的地は我々と同じ日ノ出岬だという。再会を約し、我々は枝幸の温泉へ。昨日は冷えたまま寝てしまったので、ゆっくりあたたまった。
 この旅に出る前に司馬遼太郎の「オホーツク街道」を読んだ。昔は北方文化の影響を受けていて、この辺りは豊かだったようだ。その本に出てくる幌内の駐在所前では、ネズミ捕りをやっていた。笑顔で挨拶を交わす。あまり見どころがないのは承知していたが、道も海から離れて走っていて、これといって特徴がない。でも小さな集落や地形にも変化があるため、飽きることのない道が続く。
 日ノ出岬に着くと、すでに異色のチャリダーたちが集まっていた。例の大阪のおっちゃん、アメリカの青年、札幌から来たOL、そして我々親子。普通の自転車旅行者といったら、学生ばかりをイメージするところだが。こんな面子で夜は楽しい宴となった。息子も話の輪に加わり、最後までつきあってくれた。飲みすぎたのは言うまでもない。空を仰げば満天の星。こんなに星だらけの夜空を子供に見せてあげられるのも初めて。ここで見る日の出はさぞ素晴らしいだろうと思いつつも、翌朝起きて日の出を拝むつもりは毛頭なかった。

 

 

        星空の下で宴会

 

 

 真夏に氷点下20度の体験  8月10日 日ノ出岬→サロマ湖 113km
    
 
昨晩、遅くまで飲んでいたのに皆出発は早い。今日はサロマ湖のどこかのキャンプ場まで行くことにした。興部の町に入り、道の駅に立ち寄る。ここはもとの興部駅。昔鉄道が走っていた頃の証しを残そうと、どこの町にも駅舎やSL、客車などが保存されている。
 次の街は沙留、そして紋別。小さな街ばかり見てくると紋別は大都会に見えてしまう。バイパスを行くことにするが、ものすごいアップダウンで、まともに街中を通った方が早かったかもしれない。街の南端にある流氷科学館を見学する。ここではマイナス20度の部屋があり、ジャケットを借りて中に入ると本物の流氷にさわることができた。
 紋別から中湧別への道は平坦だが、道幅が狭く、交通量も多い。景色は北海道だが、道路は本州の幹線道路と変わらない。
 中湧別を過ぎるとサロマ湖が姿を現した。湖畔沿いは平坦かと思いきや、アップダウンが多い。「7月18日に熊が出没した」との看板見つけ、息子に「看板の前で写真を撮ろう」と声をかけたが、その場を早く通過したいのか無視されてしまった。佐呂間の道の駅にも「熊に注意してください」の張り紙。サロマ湖周辺で熊が出るとは意外。生息域が拡大していることを実感する。
 サロマ湖東端の栄浦近くまで来ると、SB食品のランナーの一団がやってきた。こちらが有名選手の顔ぶれに視線が釘付けになっていると、向こうも自転車旅行の親子に物珍しそうな視線を浴びせてきた。
 昨日一緒だった面々もここにテントを張っているかと思ったが、皆、10キロ程手前のキムアネップキャンプ場を今宵の宿としたようだ。 

 

 サロマ湖畔で連泊  8月11日 サロマ湖滞在 20km

  朝はフライシートを叩く雨音で目が覚めた。天気予報では、午後に雨が上がるらしいが、もう最終目的地の網走まで50kmをきっており、予備日(1日)を残しているので、連泊することに。息子は半日でもテントに閉じこもって体を動かさずにいることに耐えられないらしい。小降りになってきたところで、ワッカの原生花園を自転車で散策することにした。
 ワッカはオホーツク海とサロマ湖を隔てる細長い砂州。車の進入が禁止された道(写真)は、サロマ湖100kmマラソンの80〜90km地点にとなり、ランナーにとって最も苦しいところだそうだ。(このマラソンには2回申し込んだが練習不足で出場を取りやめた経験がある。いつか必ず出たい大会)。我々は、すべての荷物をテントに置いて、体がとてもかるーくなった感じ。浜辺でのんびりして、昨日の長距離走行の疲れがすっかりとれた。

 

            ワッカをゆく

 

廃線跡の自転車道を行く  8月12日 サロマ湖→網走 45km
  
 
 自転車の旅も今日で終わり。もう先を急ぐことはないので、網走まで国道に並行するサイクリングロードをのんびりと行く。20年前に乗ったことのある湧網線の線路跡だ。左に能取湖を見ながら、気分は列車の運転士。卯原内の駅のホームにはSLと客車が保存されていた。
 車に神経を遣わなくていいため、2人で並んで走ることができる。網走湖が右手に見えるとまもなくサイクリングロードも終わり。このサイクリングロードで出会ったのは、わずかに2人だけだった。
 網走刑務所に着き、息子は早速母親に電話で無事を報告。自転車をたたんで、列車を乗り継ぎ、札幌へ。そして楽しみにしていた寝台特急「北斗星」で帰途についた。

 

      

       廃線跡のサイクリングロード